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東京地方裁判所 平成9年(ワ)6767号 判決

甲事件原告(乙事件被告)

甲野花子

右訴訟代理人弁護士

土谷修一

甲事件原告訴訟代理人弁護士

松本和英

甲事件被告(乙事件原告)

かどや製油株式会社

右代表者代表取締役

小澤享

右訴訟代理人弁護士

角南俊輔

川上三知男

乙事件被告

乙山太郎

右訴訟代理人弁護士

武井公美

主文

一  甲事件原告(乙事件被告)甲野花子の請求をいずれも棄却する。

二  乙事件被告(甲事件原告)甲野花子及び乙事件被告乙山太郎は、乙事件原告(甲事件被告)かどや製油株式会社に対し、各自金七四八万一三二六円及びこれに対する乙事件被告(甲事件原告)甲野花子については平成八年一〇月九日から、乙事件被告乙山太郎については同月一二日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  乙事件被告(甲事件原告)甲野花子は、乙事件原告(甲事件被告)かどや製油株式会社に対し、金二三六万三六三〇円及びこれに対する平成八年一〇月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  乙事件原告(甲事件被告)かどや製油株式会社の乙事件被告(甲事件原告)甲野花子に対するその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は、甲事件及び乙事件を通じ、甲事件原告(乙事件被告)甲野花子及び乙事件被告乙山太郎の負担とする。

六  この判決は、第二項及び第三項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

甲事件原告(乙事件被告)甲野花子を以下「原告甲野」といい、甲事件被告(乙事件原告)かどや製油株式会社を以下「被告会社」といい、乙事件被告乙山太郎を以下「乙事件被告乙山」という。

第一請求

一  甲事件

1  原告甲野と被告会社との間において、原告甲野が労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

2  被告会社は、原告甲野に対し、平成八年八月六日以降本判決確定の日まで毎月二五日限り各金三三万八一〇〇円を支払え。

二  乙事件

1  主文第二項と同旨

2  原告甲野は、被告会社に対し、金二三六万三六三一円及びこれに対する平成八年一〇月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告会社の従業員であった原告甲野が、被告会社に対し、懲戒解雇されたがこれは無効であるとして従業員としての地位の確認及び賃金の支払を請求し(甲事件)、他方、被告会社が、原告甲野に対し、原告甲野が懲戒解雇により従業員としての地位を喪失したことにより弁済期が到来したとして貸付金の返還を請求し、乙事件被告乙山に対しても原告甲野の連帯保証人としての保証債務の履行を請求するほか、原告甲野に対し、原告甲野が過大に通勤手当を受領していたとしてその不当利得返還を請求する事案である(乙事件)。

一  争いのない事実等(争いのない事実のほか、証拠により認定した事実を含む。認定の根拠とした証拠は各項の末尾に挙示する。)

1  原告甲野と被告会社との間の雇用契約

被告会社は、昭和五六年二月、経理部担当として原告甲野を雇用した(以下「本件雇用契約」という。)。

2  原告甲野の配転

被告会社は、平成三年八月、原告甲野を経理課から営業管理部業務統括課に配転した。その後被告会社の組織改正があり、平成八年当時の原告甲野の所属部署は販売部販売統括室であった。

3  被告会社による懲戒解雇の意思表示

被告会社の取締役管理部長山口正夫は、平成八年八月六日、原告甲野に対し、口頭で懲戒解雇する旨の意思表示をし、もって、被告会社は原告甲野を懲戒解雇した(以下「本件懲戒解雇」という。)。

4  賃金月額

原告甲野の賃金は、本件懲戒解雇当時月額三三万八一〇〇円であった。

5  就業規則の定め

被告会社の就業規則は、懲戒解雇について次のとおり定めている。なお、一部表記を改めた。

(懲戒)

六八条

従業員が第七一条ないし第七二条に該当するときは、懲戒する。

(懲戒の種類)

六九条

懲戒は、譴責、減給、出勤停止及び懲戒解雇の四種類として、その一又は二以上を科する。(ただし書は省略)

(懲戒の方法)

七〇条

前条の懲戒は、次の方法による。

四号

懲戒解雇は、労働基準法第二〇条により解雇する。また原則として退職金は、支給しない。

(譴責と減給)

七一条

次の各号の一に該当するときは、減給とする。ただし、情状により譴責とすることがある。

(一号から七号まで 省略)

八号

正当な理由なくこの規則、付属規程そのほかの社規又は会社の指示命令に違反したとき

九号

業務に関し、会社を欺くなど故意又は重大な過失により会社に損害を与えたとき

一〇号

不正又は不都合な行為をして会社の名誉や、従業員としての体面を汚したとき

(一一号 省略)

一二号

そのほか前各号に準ずる不都合な行為があったとき

(出勤停止と懲戒解雇)

七二条

次の各号の一に該当するときは、懲戒解雇する。ただし、情状により出勤停止とすることがある。

(一号 省略)

二号

業務に不熱心で出勤常ならぬとき

(三号及び四号 省略)

五号

重要な経歴を偽り、その他詐術を用いて採用されたとき

(六号から一一号まで 省略)

一二号

前条第三号ないし第一二号に該当し、その情状が重いとき

一三条

その他前各号に準ずる不都合な行為があったとき

(〈証拠略〉)

6  本件に関係する被告会社の組織の概要

平成八年一月一日当時の被告会社の役員は、取締役社長小澤享、専務取締役守田浩、常務取締役二名、取締役六名(瀬野俊一及び山口政夫を含む。)、監査役四名であった。被告会社には、管理部及び販売部が置かれ、山口政夫及び瀬野俊一がそれぞれ取締役管理部長及び取締役販売部長を務めていた。管理部には、総務課、購買課、経理課及び財務課が置かれ、総務課長は藤石和司であった。販売部には、販売企画室、販売統括室、仙台支店、東京支店、名古屋支店及び大阪支店が置かれ、販売統括室長は田中秀男であった。総務課は人事関係業務といわゆる総務関係業務とを担当していた。

(〈証拠・人証略〉)

二  争点

1  懲戒解雇事由の有無

(一) 原告甲野の不誠実な勤務態度の有無

(二) 原告甲野が過大な通勤手当を受領した事実の有無

(三) 原告甲野が住宅用貸付金を詐取した事実の有無

(四) 原告甲野が税理士法違反等の行為を行った事実の有無

(五) 原告甲野が被告会社に採用される際に経歴を詐称した事実の有無

2  懲戒権又は解雇権の濫用の有無

3  乙事件乙山の保証債務の成否

第三当事者の主張

(甲事件)

一  請求の原因

1 本件雇用契約及び本件懲戒解雇等

第二、一(「争いのない事実等」)、1(原告甲野と被告会社との間の雇用契約)、3(被告会社による懲戒解雇の意思表示)、4(賃金月額)のとおり。

2 原告甲野は、被告会社から、毎月二〇日締めで、二五日に給与の支払を受けていた。

3 よって、原告甲野は、被告会社に対し、本件雇用契約に基づき、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認並びに平成八年八月六日以降本判決確定の日まで毎月二五日限り各金三三万八一〇〇円の給与の支払を求める。

二 請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、給与が毎月二五日払であったことは認め、その余の事実は否認する。給与は当月末日締め、二五日払であった。

3  同3は争う。

三 抗弁

(就業規則所定の懲戒解雇事由の存在)

1  原告甲野の不誠実な勤務態度

(一)  原告甲野は、平成三年八月一日以前から、上司に無断で外出したり、職場で私用の電話を頻繁にしたり、就業時間中に私用をしたり、上司の命令に従わず、職場の同僚との協調性が全くなく、その行為、態度には目に余るものがあった。被告会社は、平成三年八月、原告甲野を経理課から営業管理部業務統括課に配転したが、当時被告会社の常務取締役であった守田浩は、そのころ、原告甲野に対し、被告会社の就業規則を説明し、以後は勤務態度を改めるよう勧告し、原告甲野から始末書を提出させた。

(二)  しかし、原告甲野は、以後更に勤務状況を悪化させ、午前九時前に出勤してタイムカードを押すと、被告会社に何らの届出、連絡もなく、職場を離れ、就業時間終了後、午後五時過ぎに再び被告会社に現れ、タイムカードを押し、あたかも一日中勤務をしていたかのような外観を作っていた。平成八年当時の原告甲野の所属部署は販売部販売統括室であったが、同様の状況が続いていた。

(三)  そこで、被告代表取締役は、平成八年五月一七日ころ、管理部長山口政夫に対し、原告甲野の勤務実態を確認の上、報告することを命じた。管理部長山口政夫は、原告甲野の上司である瀬野販売部長を通じて、原告甲野の直属の上司であり、席も原告甲野の隣にあり、原告甲野の出勤状況を直接把握すべき立場にある販売統括室長田中秀男に対し、原告甲野の出勤状況の把握及び報告書の作成を命じた。販売統括室長田中秀男は、原告甲野の勤務状況を調査の上、「甲野花子出社状況報告書」(〈証拠略〉)を作成、提出した。これをまとめたものが「甲野花子勤務状況」と題する一覧表(〈証拠略〉)である。

(四)  右の調査結果によれば、原告甲野は、上司に無断で職場放棄を繰り返していたというほかはない。

(五)  原告甲野の右勤務態度は、被告会社の就業規則七二条二号に該当する。

(六)  そこで、被告会社は、平成八年七月末ころには懲戒解雇もやむを得ないと判断し、同年八月六日本件懲戒解雇をした。

2  過大な通勤手当の受領

(一)  原告甲野は、被告会社に対し、平成四年三月二〇日に宇都宮市さつき三丁目一四番二号に転入した旨の住民票を提出して転居の届出をし、この住民票上の住所と被告会社の所在地(東京都品川区西五反田〈以下略〉)との間の通勤手当の請求をし、平成四年三月分から平成八年八月分まで合計二七一万一三六四円を受領した。

(二)  しかし、原告甲野は、右の期間中、実際には肩書地(東京都品川区東大井〈以下略〉)に居住しており、通勤手当として受領できたのは三九万七七三三円であったから、合計二三一万三六三一円を不当に受領した。

(三)  原告甲野の右勤務態度は、被告会社の就業規則九条七号、七二条一二号、同条一三号に該当する。

3  住宅用貸付金の詐取

(一)  原告甲野は、被告会社に対し、平成三年一二月五日付けで、東京都品川区東大井〈以下略〉所在のマンションの専有部分の住宅内装工事費を使途として一〇〇〇万円(ただし、そのうち三三七万九四二五円については被告会社からの以前の借入金残金の弁済に充てる。)の借入れを申し込み、被告会社から、被告会社を抵当権者として対象物件に第一順位の抵当権設定登記をすること、改装工事費の領収書を提出すること等の条件を示されてこれを承諾し、同年一二月一九日、被告会社との間で、返済金は毎月の給与及び賞与から控除すること、原告甲野が従業員としての身分を喪失した場合は残元利金を返済すること等を合意して、一〇〇〇万円の消費貸借契約を締結し(以下「本件消費貸借契約」という。)、同額を借り受けた。

(二)  しかるに、原告甲野は、被告会社を抵当権者として対象物件に第一順位の抵当権設定登記をするとの約束を履行しなかった。

(三)  その後、右融資の対象物件に、既に平成元年二月二七日に株式会社かんそうしんを抵当権者として一九五〇万円の抵当権設定登記がされ、平成二年一〇月二九日に株式会社富士銀クレジットを根抵当権者として極度額四五一〇万円の根抵当権設定登記がされていたことが判明した。

(四)  原告甲野は、被告会社を抵当権者として対象物件に第一順位の抵当権設定登記をするとの約束を履行することができないことを認識しながら、これを被告会社に隠して本件消費貸借契約を締結した。

(五)  原告甲野は、被告会社から度々要求を受け、平成四年に相模原市東林間〈以下略〉所在のマンションの登記簿謄本の一部を示し、この物件に抵当権を設定することを理由に被告会社の白紙委任状を求めてきた。そこで、被告会社は、原告甲野に対し、当該建物の登記簿謄本全部の提出を求めたが、原告甲野は提出しないままであり、前記約束は履行されないままである。

(六)  原告甲野は、改装工事費の領収書を提出することの条件も履行しなかった。

(七)  原告甲野の右行為は、被告会社の就業規則九条七号、七二条一二号、同条一三号に該当する。

4  税理士法違反等

(一)  原告甲野は、平成四年ころ、銀座のクラブのホステスである佐藤美保子及び松田悦子に対し、自分は被告会社の経理を担当しており、税金等に詳しい等と申し向け、税理士の資格がないのに、それぞれ四万円及び一〇万円の手数料を取った上で、両名の平成三年度の確定申告還付金請求手続を行うかのように装い、右手数料相当額の金員を騙取した。

(二)  原告甲野は、平成五年に平成四年度の右両名の確定申告還付金請求手続をし、平成五年三月ころ、右両名の承諾がないのに、右両名の住所が原告甲野の住所と同じであるとの転居届を出した上で、佐藤美保子の口座を三和銀行に、松田悦子の口座を三菱銀行に開設した。

(三)  平成五年八月二日に佐藤美保子の三和銀行の口座に還付金四四万九〇〇〇円が振り込まれ、同月四日に松田悦子の三菱銀行の口座に還付金一九二万六五一三円が振り込まれた。原告甲野は、そのころ、右両名の口座から合計金二三七万五五一三円を引き出し、松田悦子に一〇〇万円を支払ったものの、残金一三七万五五一三円を横領した。

(四)  右両名は、平成五年九月末ころ、被告会社代表取締役小澤享に対し、原告甲野の右行為を抗議し、川口和子弁護士に解決を依頼した。この件は、原告甲野が弁護士を選任して右両名に還付金相当額全額を弁済して解決した。

(五)  しかし、原告甲野の右行為は、税理士法に違反し、被告会社の就業規則七二条九号に該当する。

5  経歴詐称

(一)  原告甲野は、昭和五六年二月、被告会社に採用されるに当たり提出した履歴書には、昭和四二年四月国立横浜大学経済学部に編入され、昭和四四年三月卒業した旨を記載した。

(二)  しかし、右記載は虚偽であるから、原告甲野の右行為は被告会社の就業規則七二条五号に該当する。

四 抗弁に対する認否

1  抗弁1(原告甲野の不誠実な勤務態度)について

(一)  (一)の事実のうち、被告会社が平成三年八月原告甲野を経理課から営業管理部業務統括課に配転したこと及び守田浩が当時被告会社の業務取締役であったことは認め、その余の事実は否認する。営業管理部の上司であった守田浩が、原告甲野に対し、他に見せたり、提出したりするものではなく、上司である守田浩と原告甲野とのいわば覚書であると説明して、始末書に署名押印するよう求めたので、原告甲野は始末書に署名押印したのであり、その本文は原告甲野が書いたものではない。原告甲野は、経理課員としてその能力を評価されて被告会社に採用されたのであり、経理課から営業管理部業務統括課への配転は嫌がらせ以外の何物でもなかった。それは、原告甲野に被告会社の資金の不正な使途を公にされることを恐れてされた。守田浩はこの背景事情を知っていたので、形式的に秩序を整えるために勧告書を作成し、始末書に署名押印させた。

(二)  (二)の事実のうち、平成八年当時の原告甲野の所属部署が販売部販売統括室であったことは認め、その余の事実は否認する。原告甲野を解雇するための意図が露呈された時期であり、原告甲野も防御の言動を示したことがある。しかし、解雇事由に該当するような事実はない。各種の報告書なるものは作為的な内容である。

(三)  (三)の事実は知らない。

(四)  (四)の事実は否認する。

(五)  (五)は争う。

(六)  (六)の事実のうち、被告会社が平成八年八月六日本件懲戒解雇をしたことは認める。原告甲野の態度が目に余るほどであったというなら、一言注意してしかるべきであろう。これがなく本件懲戒解雇がされたことは、意図的に本件懲戒解雇がされたことを意味する。

2  同2(過大な通勤手当の受領)について

(一)  (一)の事実のうち、原告甲野が、被告会社に対し、平成四年三月二〇日に宇都宮市さつき〈以下略〉に転入した旨の住民票を提出して転居の届出をし、この住民票上の住所と被告会社の所在地(東京都品川区西五反田〈以下略〉)との間の通勤手当の請求をしたことは認め、その余の事実は否認する。被告会社は、平成四年、原告甲野に対し、一律に住民票を基準にして通勤手当を支給する旨を伝達し、その提出を求めた。そこで、原告甲野は、当時宇都宮市に住民票があったので、これを被告会社に提出した。原告甲野は、当時事情があって東京都板橋区若木町(ママ)〈以下略〉に居住し、ここから通勤していたので、被告会社の担当者にその旨を申し述べた。被告会社は、結果として住民票を基準にして通勤手当を支給した。なお、宇都宮市さつき〈以下略〉の住居は仮住い(間借り)であり、原告甲野は電気代及び水道代込みで賃料を支払っていたので、電気代及び水道代だけの領収書は提出できなかった。原告甲野は、被告会社の担当者藤石にこの事情を申告した。ことは、通勤手当支給の基準をどうするかの被告会社の対応いかんの問題に過ぎない。

(二)  (二)の事実は否認する。

(三)  (三)は争う。

3  同3(住宅用貸付金の詐取)について

(一)  (一)の事実のうち、原告甲野が、被告会社に対し、平成三年一二月五日付けで、東京都品川区東大井〈以下略〉所在のマンションの専有部分の住宅内装工事費を使途として一〇〇〇万円(ただし、そのうち三三七万九四二五円については被告会社からの以前の借入金残金の弁済に充てる。)の借入れを申し込み、同年一二月一九日、被告会社との間で、返済金は毎月の給与及び賞与から控除すること、原告甲野が従業員としての身分を喪失した場合は残元利金を返済すること等を合意して、本件消費貸借契約を締結し、同額を借り受けたことは認める。この融資決定は、同年一〇月時点で被告会社代表取締役と守田専務の二人でしたもので、関係書類の作成は後回しになっての運びであった。原告甲野は、被告会社の担当者に対し、対象物件のマンションは売却するものであること、被告会社を抵当権者とする抵当権は原告甲野が当時相模原市に所有していた二戸のマンションに設定することを説明し、そのための必要書類を整えて提出した。ところが、被告会社の担当者はそれを放置したままで経過した。

(二)  (二)の事実は否認する。この点に関する事情は(一)で述べたとおりである。

(三)  (三)の事実は争わない。

(四)  (四)の事実は否認する。

(五)  (五)の事実のうち、被告会社が、原告甲野に対し、相模原市東林間〈以下略〉所在のマンションの登記簿謄本全部の提出を求めたが、原告甲野が提出しなかったこと、原告甲野が被告会社との間で、対象物件に被告会社を抵当権者とする第一順位の抵当権を設定することを約束したことはいずれも否認する。

(六)  (六)の事実は争わない。

(七)  (七)は争う。

4  同4(税理士法違反等)について

(一)  (一)の事実は否認する。原告甲野は、松田悦子の平成元年度及び平成二年度の確定申告還付金請求手続を手伝った。松田悦子は、平成五年に入ってから、原告甲野に対し、佐藤美保子の分を含めて、平成三年度及び平成四年度の確定申告還付金請求手続を行うことを依頼してきた。原告甲野は、松田悦子が前回謝礼の言葉も述べなかったので、右依頼を断ったが、松田悦子が重ねて依頼してきたので、当時原告甲野が経理事務を教えていた筒井真由実に託すことを松田悦子に了解してもらい、筒井真由実にすべてをゆだね、原告甲野は右手続に関与しなかった。

(二)  (二)の事実は否認する。筒井真由実が、原告甲野の知らないうちに、松田悦子及び佐藤美保子の住所が原告甲野の住所と同じであるとの転居届を出した上で、右両名の銀行口座を開設した。

(三)  (三)の事実のうち、原告甲野が右両名の口座から合計金二三七万五五一三円を引き出し、松田悦子に一〇〇万円を支払い、残金一三七万五五一三円を横領したことは否認する。これを行ったのは筒井真由実である。

(四)  (四)の事実は争わない。原告甲野は、筒井真由実に会って真相を知るに至ったが、筒井真由実は、給料が安く、父母ともに入院している苦境を訴えた。そこで、原告甲野は、右両名に筒井真由実を紹介したのは自分であり、筒井真由実の哀れむべき家庭の事情を慮って、道義的責任が自分にあるとして全額を右両名に返還した。

(五)  (五)は争う。

5  同5(経歴詐取)について

(一)  (一)の事実は争わない。

(二)  (二)は争う。原告甲野は、シェル石油の取締役営業部長であった久野忠彦と、被告会社の関連会社である小澤物産株式会社の営業部長秋山の計らいで被告会社に採用されたのであり、いわば、縁故採用であった。原告甲野が被告会社に採用されて一五年近くになり、管理職にもなっていないのに、なぜこの時点で学歴が問題とされるのか不可解である。

五 再抗弁

(解雇権の濫用)

原告甲野は、被告会社において経理を担当していた際、経理の不正処理がされていたことを知り、これを容認できなかったため、被告会社代表取締役小澤享及びその部下であった守山英子の逆鱗に触れ、経理課から営業管理部業務統括課に配置換えされた。被告会社代表取締役は原告甲野を直ちに解雇できなかったため、時を待つためにこの配転を行った。

この部署では原告甲野が行うべき仕事はほとんどなく、原告甲野はその周囲から無視され、嫌がらせの態度を示されていた。このような職場環境に置かれた原告甲野に、職務規律に常に従うことを求めることは酷である。被告会社が懲戒解雇事由として主張する貸付金の所要の手続の不履行も、原告甲野の処遇に関連するものであり、被告会社代表取締役自身が貸付けを決定したのであって、担当者のレベルとは次元が異なる。

六 再抗弁に対する認否

再抗弁事実は否認する。

(乙事件)

一 請求の原因

1  本件消費貸借契約

被告会社は、原告甲野に対し、平成三年一二月一九日、原告甲野が従業員としての地位を喪失した場合には被告会社に対し残元利金を一括して弁済するとの約定で、原告甲野所有の自宅マンションの内装工事費用として一〇〇〇万円を貸し付けた(以下「本件消費貸借契約」という。)。

2  本件連帯保証契約

乙事件被告乙山は、被告会社に対し、原告甲野の本件消費貸借契約に基づく借入金返還債務を連帯して保証した。

3  本件懲戒解雇

被告会社は、平成八年八月六日、口頭で原告甲野を懲戒解雇する旨の意思表示をした。この時点での本件消費貸借契約に基づく貸付金残金は七四八万一三二六円である。

4  通勤手当

甲事件の抗弁2(一)及び(二)のとおり。

二 請求の原因に対する認否

(原告甲野)

1  請求の原因1の事実は認める。ただし、原告甲野が融資を受けた一〇〇〇万円のうち、内装工事費用は六六二万〇五七五円であり、三三七万九四二五円については被告会社からの以前の借入金残金の返済に充てられた。

3  同3の事実は認める。ただし、本件懲戒解雇は無効であり、原告甲野は被告会社から給与の支払を受けるべき立場にあるから、本件消費貸借契約に基づく借入金残金は本件懲戒解雇以後も月額五万円ずつ減少している計算になる。

4  同4の事実に対する認否は、甲事件の抗弁2(一)及び(二)に対する認否と同一である。

(乙事件被告乙山)

1  請求の原因1の事実は知らない。

2  同2の事実は否認する。ただし、乙事件の(証拠略)(平成三年一二月一九日付けの「貸付金借用証書(自宅)」と題する書面)中の連帯保証人欄の記載が乙事件被告乙山自身のものであることは認める。同号証のその余の記載内容は知らない。乙事件被告乙山は、連帯保証人欄以外の記載内容に記憶がない。

三 抗弁

甲事件の再抗弁と同一である。

四 抗弁に対する認否

甲事件の再抗弁に対する認否と同一である。

第四当裁判所の判断

一  懲戒解雇事由について

1  原告甲野の不誠実な勤務態度(甲事件の抗弁1)について

(一) (証拠・人証略)に弁論の全趣旨を併せて考えれば、原告甲野は、平成八年五月二二日から同年七月二五日までの間、出勤しても一日の大半は上司に届け出ることなく職場の自席を離れて連絡が取れない状態になってしまい、その間被告会社の業務を遂行しなかったことが認められ、(証拠略)の記載及び原告甲野本人の供述中右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らしてたやすく採用することができず、他に右認定に反する証拠はない。

もっとも、証人鈴木孝徳及び同瀬野俊一の各証言によれば、販売統括室は本件懲戒解雇後も人員の補充がされずに特に支障なく業務が遂行されており、原告甲野が販売統括室においてあまり業務を遂行していなかったことが認められるが、他方、右各証言によれば、田中販売統括室長が原告甲野に対して業務を行うよう指示しても、原告甲野がその内容に文句を付けたり、理由を付けてその業務遂行を放棄してしまったことがあったため、田中販売統括室長はあきらめて自分で業務を遂行する等していたことが認められるから、田中販売統括室長が原告甲野に対する嫌がらせの目的で意図的に仕事を与えなかったものということはできず、(証拠略)の各記載及び原告甲野本人の供述中右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らしてたやすく採用することができず、他に右認定に反する証拠はない。

(二) 右認定によれば、原告甲野は被告会社の業務遂行をほとんど放棄していたに等しく、その不誠実な勤務態度は被告会社の就業規則七二条二号に該当する。

2  過大な通勤手当の受領(甲事件の抗弁2)について

(一) (証拠・人証略)によれば、原告甲野は、被告会社に平成三年度の年末調整用の扶養控除申告書を提出した際、住所として「品川区東大井〈以下略〉・板橋区若木〈以下略〉」と記載したこと、そこで、被告会社総務課長藤石和司は、原告甲野に対し、平成三年一二月一九日付けの「通勤手当申請について(調査)」と題する書面で、どちらの住所が正しいのかを尋ねたこと、原告甲野は、平成三年一二月一九日付けの回答書で、板橋区若木に居住しているが、品川区東大井に老後の住いを購入し、姉の子供の学校が親元通学を規則としているため、品川区東大井を住所として品川区長に住民の届出をしている旨を回答したこと、原告甲野は、平成四年三月二三日、宇都宮市長に対し、同年三月二〇日に宇都宮市さつき〈以下略〉に転入した旨の届出をし、同年四月一〇日ころ、被告会社に対し、住民票を添付し、「住所変更届 通勤手当変更届(兼用)」と題する書面で、品川区東大井〈以下略〉から宇都宮市さつき〈以下略〉に住所を変更し、定期券代として一箇月八万一四九〇円を要する旨届け出たこと、総務課の担当者はうち七万三九二〇円だけ支給する方針であったが、守田は、住民票に関係なく通勤可能場所から通勤するよう指示し、これを受けて、被告会社の総務課の担当者は、原告甲野を交えて打ち合せの上、期間一年間の仮住いであるとの説明を受け、総務課の担当者は、原告甲野に旧住所を板橋区若木〈以下略〉に訂正させた上、一箇月五万円だけを通勤手当として支給することとし、同年三月分から右の割合で通勤手当を支給したこと、原告甲野は、宇都宮市長に対し、同年八月五日、同年八月六日に東京都品川区東大井〈以下略〉に転出予定である旨の届出をし、同年八月一三日、東京都品川区長に対し、同年八月一〇日に東京都品川区東大井〈以下略〉に転入した旨の届出をしたこと、同年八月二一日、東京都品川区長は、宇都宮市長に対し、原告甲野が東京都品川区東大井〈以下略〉に転入した旨の通知をしたこと、原告甲野は、松田悦子及び佐藤美保子両名の代理人川口和子弁護士から、原告甲野が右両名から国税の還付請求手続の委任を受け、還付金を受領しながら右両名にこれを引き渡さないとして、平成五年一〇月六日配達の内容証明郵便で還付金の返還請求を受けたが、この内容証明郵便は東京都品川区東大井〈以下略〉に配達されたこと、原告甲野は、右両名の代理人川口和子弁護士に対し、右請求に対する同年一〇月二七日付けの配達証明付き回答書(内容証明郵便)を送付したが、この回答書及びその封筒に自ら「品川区東大井〈以下略〉 甲野花子」と記載したこと、松田悦子及び佐藤美保子両名は、川口和子弁護士を代理人に選任し、同年一一月二二日、大森簡易裁判所に対し、原告甲野を債務者及び被告会社を第三債務者として給与及び賞与に対する債権仮差押命令を申し立てたこと、大森簡易裁判所は、同日、この申立てどおり、債権仮差押命令を発したこと、平成六年九月五日、被告会社総務課長藤石和司は、原告甲野に対し、文書で、宇都宮市内で実際に生活している証明として電気代及び水道料等の支払を証する文書の写しの提出を求めたこと、原告甲野は、領収書等の求められた文書を提出せず、口頭で、宇都宮市内で面倒を見てもらっている、その共同生活者が電気代及び水道料等を負担してくれていると説明したにとどまったが、あくまでも宇都宮市内に実際に居住していると言い張ったため、被告会社は、原告甲野に対し、宇都宮市内に実際に居住していることを前提に、平成八年九月分まで一箇月五万円の割合で通勤手当を支給し続け、その額は合計金二七一万一三六四円に及んだこと、原告甲野は、岩手県久慈市長に対し、平成八年六月一三日に岩手県久慈市宇部町〈以下略〉を住所とした旨届け出たが、東京都品川区長に対し、同年八月二五日に東京都品川区東大井〈以下略〉を住所とした旨届け出たこと、以上の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

右認定事実に基づいて考えると、原告甲野は、平成四年三月から平成八年八月六日に本件懲戒解雇をされるまでの間、終始東京都品川区東大井〈以下略〉に居住しながら、被告会社に対しては、平成四年三月二〇日に宇都宮市さつき〈以下略〉に転入した旨の住民票を提出して転居の届出をし、この住民票上の住所と被告会社の所在地(東京都品川区西五反田〈以下略〉)との間の通勤手当の請求をし、前記のとおり、平成四年三月から平成八年九月分まで合計金二七一万一三六四円を受領したことを推認することができる。

もっとも、(証拠略)によれば、岩田厚が、平成四年度から平成七年度まで毎年の確定申告において、平成四年一月以降、宇都宮市さつき〈以下略〉の一戸建ての家の一階の六畳を間貸しした賃料名目で原告甲野から毎月三万円ずつの支払を受け、不動産所得に係る年間三六万円の総収入金額があったことを計上していたことが認められる。しかし、他方、(証拠略)によれば、岩田厚は、右一戸建ての家を賃借し、母、妻、長女(平成四年一月当時一四歳)及び長男(平成四年一月当時九歳)の一家五人で居住していたこと、岩田厚は、右各年度の確定申告において、給与所得のほかに事業所得及び不動産所得を申告しており、事業所得は、平成四年度三一三万二五六八円、平成五年度四三七万八二六七円、平成六年度四四五万八八〇〇円及び平成七年度六二九万〇〇八五円、いずれも必要経費が総収入金額を右の限度で上回ったものとして申告し、また、不動産所得は、平成四年度及び平成五年度いずれも一一八万六六八九円だけ必要経費が総収入金額を上回ったものとして申告し、平成六年度及び平成七年度の不動産所得については必要経費を計上せず、総収入金額三六万円だけを計上していたこと、岩田厚の平成四年度から平成七年度までの給与所得及び総所得金額は、それぞれ一〇九一万三四六〇円及び六五九万四二〇三円、一〇五八万五八〇五円及び五〇二万〇三四〇円、一〇九九万七九一五円及び六八九万九一一五円並びに一一三九万一二一八円及び五四六万一一三三円であるとして申告されており、給与所得だけの場合と比較すると、それぞれ四三一万九二五七円、五五六万五四六五円、四〇九万八八〇〇円及び五九三万〇〇八五円の限度で、所得金額が減額された結果となっていること、以上の事実が認められ、この認定事実を併せて考えると、岩田厚が、平成四年度から平成七年度まで毎年の確定申告において、平成四年一月以降、宇都宮市さつき〈以下略〉の一戸建ての家の一階の六畳を間貸しした賃料名目で原告甲野から毎月三万円ずつの支払を受け、不動産所得に係る年間三六万円の総収入金額があったことを計上していた事実は存するものの、これにより岩田厚が現実に所得税を多く納税しなければならなかったわけではない上、岩田厚が平成四年度及び平成五年度は不動産所得についていずれも一一八万六六八九円だけ必要経費が総収入金額を上回ったものとして申告し、翌年度からは必要経費の計上をやめていることからすると、平成四年度及び平成五年度はむしろ給与所得を減額させるために右のように不動産所得があったものと申告した疑いすら払拭できないし、岩田厚が一戸建ての家を賃借し、母、妻、長女(平成四年一月当時一四歳)及び長男(平成四年一月当時九歳)の一家五人で居住しながら、平成四年一月以降平成八年五月までその一階の六畳を原告甲野に間貸しし、原告甲野がここを住居にして長時間かけて被告会社まで通勤していたというのは、容易に信じ難いといわざるを得ない。

そうすると、岩田厚が、平成四年度から平成七年度まで毎年の確定申告において、平成四年一月以降、宇都宮市さつき〈以下略〉の一戸建ての家の一階の六畳を間貸しした賃料名目で原告甲野から毎月三万円ずつの支払を受け、不動産所得に係る年間三六万円の総収入金額があったことを計上していた事実が、(証拠略)の各記載及び原告甲野花子本人の供述の裏付けとなるということはできない。

また、(証拠略)までによれば、原告甲野が、アメリカンファミリー生命保険会社との間で、昭和六一年九月一日に新がん保険契約を締結し、昭和六三年一〇月一日に痴ほう介護保険契約を締結したこと、アメリカンファミリー生命保険会社が原告甲野に対して平成八年八月及び同年九月に送付してきた文書には、原告甲野の住所が宇都宮市さつき〈以下略〉が記載(略記)されていたこと、原告甲野が、日本生命保険相互会社と生命保険に関する契約を締結しており、日本生命保険相互会社宇都宮支社が原告甲野に対し、同年八月、原告甲野の住所を宇都宮市さつき〈以下略〉として振込用紙を送付してきたことが認められる。しかし、(証拠略)によれば、アメリカンファミリー生命保険会社及び日本生命保険相互会社が右のとおり文書を送付してきたのは、右各社に対し、いずれも団体(集団)契約としての取扱いを取り止める旨の届出があったためであることが認められ、この事実に(証拠略)を併せて考えると、原告甲野は、右各社との間で、被告会社の従業員として団体(集団)契約の方法により契約をしていたが、被告会社が、本件懲戒解雇をしたため、原告甲野については団体(集団)契約としての取扱いを取り止める旨の届出をしたものと推認することができる。そうすると、原告甲野が被告会社に対して宇都宮市さつき〈以下略〉を自分の住所として届け出ていた以上、アメリカンファミリー生命保険会社及び日本生命保険相互会社が原告甲野の住所を同所として取り扱っていたのは当然のことであり、このことが、原告甲野が同所を実際の住所としていたことの裏付けとなるということはできない。

(証拠略)の各記載及び原告甲野花子本人の供述中前記推認に反する部分はたやすく採用することができず、他に前記推認に反する証拠はない。

(二) 原告甲野が平成四年三月から平成八年九月分まで合計金二七一万一三六四円を受領したこと、原告甲野が右の期間中実際には肩書地(東京都品川区東大井〈以下略〉)に居住していたことは、前記のとおりである。(証拠略)によれば、原告甲野が平成四年三月一日から平成八年六月末日までの間に通勤手当として受領することができた金額は三八万三一四〇円であったことが認められる。被告会社は、本件懲戒解雇の日まで原告甲野に実費相当額の通勤手当を支払うべきことを自認しているから、右三八万三一四〇円に平成八年七月分及び同年八月分の通勤手当各七二九七円(通勤手当一年分八万七五六〇円を一二で除した額であり、円未満は四捨五入した。なお、被告会社は、同年八月分の通勤手当については、同年八月一日から同年八月六日までの実費相当額に代えて一箇月分の通勤手当を計上しているので、これによって計算した。)を加えると、三九万七七三四円となる。

そうすると、原告甲野は、被告会社の損失において二三一万三六三〇円を不当利得したことになる。原告甲野は、長期間にわたり、過大に通勤手当を請求し、その累積額がこのような多額に及んだものであり、被告会社の就業規則七二条一二号、七一条九号、七二条一三号(同条八号に準ずる。)に該当する。

3  1及び2の事実によれば、その余の抗弁について判断するまでもなく、被告会社は本件懲戒解雇を行うに足りる十分な根拠があるものというべきである。

二  懲戒権又は解雇権の濫用(甲事件の再抗弁)について

(証拠・人証略)に弁論の全趣旨を併せて考えれば、原告甲野が経理を担当していた当時、被告会社の経理に関し、何らかの問題点があることを把握したこと、昭和六二年ころ、暴力団員と思われる者が、被告会社代表取締役小澤享に対し、被告会社の伝票の写しを示して金銭の支払を求めたため、小澤享は、被告会社が当時店頭上場を計画中であったこと等から、自分で六〇〇万円を出捐し、これを支払って被告会社の伝票の写しを引き取ったこと、小澤享は、原告甲野がこの件にかかわっていると判断し、経理課から営業管理部業務統括課に配置換えしたこと、以上の事実が認められ、これらの事実に基づいて考えると、原告甲野は、被告会社の経理に関し、代表取締役である小澤享の弱点を握ったものと考え、前記のような不誠実な勤務態度に出たり、本件消費貸借契約に基づく第一順位の抵当権を設定する約束を履行しなかったり、過大な通勤手当を請求して受領する等の挙に出たものと推認することができる。

たしかに、本件では、被告会社代表取締役である小澤享が、原告甲野の不誠実な勤務態度や本件消費貸借契約に基づく第一順位の抵当権を設定する約束の不履行、過大な通勤手当の請求等の本件懲戒解雇の事由を認識しながら、これらを放置してきたことがうかがわれるが、仮に被告会社の経理に関して代表取締役である小澤享に何らかの弱点があり、それ故に原告甲野の右各行為等が放置されてきたとしても、本件懲戒解雇が権利の濫用に当たるか否かは、代表取締役個人と原告甲野との間の問題ではなく、原告甲野の前記のような不誠実な勤務態度や行為に即し、被告会社が原告甲野を懲戒解雇することができるだけの理由があると認められるか否かによって判断すべき問題である、この観点からすれば、本件懲戒解雇が被告会社の懲戒権又は解雇権の濫用に当たるということはできない。

原告甲野の再抗弁は理由がない。

三  甲事件の請求について

以上のとおり、本件雇用契約は本件懲戒解雇により終了し、原告甲野は被告会社の従業員としての地位を喪失したものである。

(証拠略)よれば、被告会社が原告甲野に対し、平成八年八月一三日、同月一日から同月九日までの日割賃金及び解雇予告手当合計三三万二一八四円を原告甲野の口座に振り込んで支払ったことが認められるから、未払賃金はない。

よって、原告甲野の請求は理由がないから、棄却する。

四  乙事件の請求について

1  貸金返還請求について

(一) 本件雇用契約の終了について

本件懲戒解雇により本件雇用契約が終了したことは、前記のとおりである。

(二) 原告甲野の本件消費貸借契約に基づく借入金返還債務について

本件懲戒解雇の時点での本件消費貸借契約に基づく貸付金残金が七四八万一三二六円であることは当事者間に争いがない。

よって、原告甲野は、被告会社に対し、右同額及びこれに対する原告甲野に対する乙事件訴状送達の日の翌日である平成八年一〇月九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

(三) 乙事件被告乙山の保証債務について

乙事件の(証拠略)(平成三年一二月一九日付けの「貸付金借用証書(自宅)」と題する書面)中の連帯保証人欄に記載されている乙事件被告乙山の住所及び氏名の記載が、乙事件被告乙山が自ら記載し、署名したものであることは、乙事件被告乙山の自認する事実であるから、民事訴訟法二二八条四項により、乙事件の(証拠略)は、乙事件被告乙山の署名があるものとして全部真正なものと推定すべきである。

同号証及び弁論の全趣旨によれば、乙事件の請求の原因1(本件消費貸借契約)、同2(本件連帯保証契約)及び同3(本件懲戒解雇及び貸付金残金)の事実を認めることができる。

よって、乙事件被告乙山は、被告会社に対し、本件消費貸借契約に係る連帯保証契約に基づき、原告甲野の借入金残金七四八万一三二六円及びこれに対する乙事件被告乙山に対する乙事件訴状送達の日の翌日である平成八年一〇月一二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

2  不当利得返還請求について

前記のとおり、原告甲野は、被告会社の損失において二三一万三六三〇円を不当利得したから、被告会社に対し、同額の金員を返還すべき義務がある。また、(証拠略)によれば、被告会社が原告甲野に対し、平成八年三月二五日に同年三月分の給与を支給した際、同年四月分から同年九月分までの通勤手当を一括して支給したことが認められるから、原告甲野は、被告会社に対し、本件懲戒解雇後の同年九月分の通勤手当五万円を返還すべき義務がある。

よって、被告会社の原告甲野に対する通勤手当の差額相当額の不当利得返還請求及び平成八年九月分の通勤手当五万円相当額の不当利得返還請求は、二三六万三六三〇円及びこれに対する乙事件訴状送達の日の翌日である平成八年一〇月九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余の不当利得返還請求は理由がないから棄却する。

(裁判官 髙世三郎)

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